――歪んだ世界から逃げるように目が覚めた。
こういう夢を見た日は寝起きが悪い。そもそも目覚めた瞬間スフレのようにふわっと消えるというのに、今日はしつこく脳裏に残っていて気持ちが悪い。こういう朝を押し流すにはロイヤルミルクティーを飲むに限るのだが……。
「おはよう、リチャード」
と、私の欲求を見越していたかのように差し出さるマグカップに私はそろそろと手を伸ばす。温かい。ここが現実だと私へ訴えかける心地よい温度だった。そのまま一口飲んで、小さく息をつく。
「……おはよう」
「ヒドい声だな。風邪か?」
「いえ」
否定したその声もひどく嗄れきっていて、自分でも驚く。どんな酷い夢を見たのかと思い返そうとしてやめた。正義の声で綺麗に濯がれた頭に悪いものを入れるものではない。
「おまえって寝起き、本当に悪いよな。ちゃんと眠れてるか?」
「そういうところが魅力では?」
と頭からかぶった上掛けの隙間から目だけ出せば、正義はどぎまぎとした声を上げる。からかいがいがある、といえばそれまでだが、それ以上に面白みを感じているのが、ここ一年二年の心境である。だが、私以外が正義をつつきますのは面白くない。まるで子どもがオモチャを盗られたとわめくような幼稚な執着心を恥ずかしいと昔は思っていたが、今はそこまで思わなくなった。そういう執着心を取り戻せたことを誇らしく思ったほどだった。
そして、私は今、こうやって同じ部屋で寝起きできるぐらいには正義を信用している。これを特別だと彼に教える気にはまだなれない。特別だと教えたら、その意味を知りたがるのが人というものだ。
でも、私はなんとなく予感している。
そう私が教えたところで、正義は「そうなんだ。良かったな、誰と一緒の部屋で寝れるようになって」と朗らかに笑うだけだろう。ある感情の一点を超えないこの気の至らなさは、一種の才能だ。
そのくせ、
「そうだな。でも、本当に眠れないなら言ってくれよ。俺、自腹で部屋取るし……」
「いて下さい」
いらない気遣いだけは一流である。私はマグカップをサイドテーブルへ載せると、くるまった上掛けの中でどうにか髪を整え、ベッドから抜け出す。そして窓から外を眺めた。高層ビルがジャングルのように生い茂り、朝日を受けてまぶしく輝いていた。
「綺麗ですね」
「ここから見る風景、いいよな。キラキラしててさ」
長らく思いませんでしたが、と言いさして私は緩やかに首を振った。意味もなく正義の不安を煽るものではない。
「ありがとうございます」
「お茶なら気にしないでくれよ。いつものこと……」
「素晴らしいタイミングでした」
まったく秘書のままにしておくには惜しいほどの、と内心で付け加えて、少し柔らかい温度になったロイヤルミルクティーに口を付ける。それは甘くて、少しだけ渋かった。
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