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2025年7月17日木曜日

人魚の宝石・リチャ正

 


「やかましくて大変だったんでしょう。ありがとうございました」

「いえいえ、とてもいい子でしたよ」

 と、俺は商談中預かっていたお嬢さんをお母さんにかえした。滅多に無いことだが、こうやってエトランジェで子どもの相手を俺がすることがある。どうしても預け先の都合がつかなくて、でも、ジュエリーを見たい、という方だって世の中にはごまんといる。ただ、宝石店は大人の社交場と思われているから、子連れでは来づらいと思っている方も多い。

 だがご安心あれ!

 エトランジェは子連れのお客様にも対応可能だ。それが売りな店でもないけれど、予約時に告げてもらえたら対応するし、別に当日でも対応する。俺は別に子ども嫌いではない……が、相手がうまいとは言い切れない。子どもにも性格があるし、合う合わないはやっぱりある。

 でも今日の子は俺とフィーリングがよく合った。お、昔会ったことあったか? ぐらいの勢いで。

「ほら、お兄ちゃんに『ありがとう』は?」

 お母さんのジャケットを引っ張ったり、キョロキョロとしていた女の子は、俺の前へ真っ直ぐやってくると、「ありがとうございます」と頭を下げてきた。素直で気持ちいい挨拶に俺も頬がほころぶというものだ。

「どういたしまして。楽しかったよ」

 そしてお見送りかと思いきや、「お兄ちゃんにだけ見せてあげる」と女の子はワンピースのポケットから取り出した何かを手で包み、俺にだけ見えるように開いてみせた。どれどれと俺が覗き込めば、そこには大粒のサファイヤが転がっていた。思わず息を呑んだが、いやいやまさか、である。よくよく見ればプラスティック独特の鈍い照りがあった。

「人魚の宝石なんだよ。きれいでしょ。ママに買ってもらったの、テストで満点取ったから」

「うん、とってもきれいだね」

 と、俺は言った。話を合わせたんじゃない。本当に綺麗だと思ったのだ。いまどきのオモチャ、侮りがたしである。この俺の反応に気を良くしたのか、ポケットをごそごそとやって、次に出てきたのはプニプニとしたしずく型のマスコットだった。いま、学校でものすごく流行っているキャラクターらしい。

「へー、それもかわいいね。お兄ちゃんが子どものときにもあったよ。女子がこぞってランドセルにつけてたなあ」

 確か、クラスの女子が集まってわいわいと見ていたような覚えがある。なんだなんだと近寄ると、『男子はあっち言って!』とか追い払われてしまう。それでも聞き耳を立てていると、『これ可愛い!』『うーん、今月は厳しい……』『どっちがいいかなあ、あ、おそろいにする?』なんて声が聞こえてきたもんだ。俺が小学生だったとき流行っていたキャラクターが、いまもこうして愛されているのを見ると心がぽかぽかとしてくる。ほら、ちゃんと時代が続いているって感じがして、嬉しい。

「わたしもつけてるの! また今度見せてあげる!」

「おう、楽しみにしとく」

 そうこたえると、女の子はにかっと笑ってくれた。そしてお母さんの手を握って、ご機嫌マックスで帰っていった。しかしその一方で落ち込んでいる男がいた。

 ――リチャードである。

「私には見せていただけませんでしたね……」

「へ、気にしてたのか!?」

 リチャードは答えなかったがが、しょんぼりと冷めたロイヤルミルクティーをすすっている。本人は美しいだの綺麗だのと言い寄られるのは大の苦手で嫌がっているが、一方で、こういう対応――端から眼中にないと相手にされないこと――にはまったく慣れていない。全人類の八割が『美しい』と褒めそやすだろう美貌の持ち主なだけに、『鼻にも引っかけられない』という状況自体が滅多にないのだろう。平凡な顔面代表の俺から言わせてもらえば、『それが普通』である。

「まあ、小学生だからな。お前の良さはまだ分からないと思うよ」

 リチャードにこんな慰めの言葉をかけた人間が、これまでこの世にいただろうか? 俺はいま、全人類初の暴挙に出たのかもしれない……。

「左様ですか」

「次に会うときはリチャードにも見せてくれるって。あ、じゃあ検索してみるよ」

 キッチンに置いてあるスマホでささっと『人魚の宝石』と検索してみる。アニメか漫画のアイテムかと思いきや、ヒットしたのは女児向けのアクセサリーサイトだった。その年頃の女の子が好きそうなものがぎゅぎゅーっと詰まったアクセサリーや雑貨がぎっしりと掲載されている。これはもう女児の心わしづかみだ。クラスメイトの女子が集まって騒ぐはずである。

「リチャード、これこれ。俺も買おうかな……」

 と、画像をクリックして俺は目が飛び出した。そのお値段、なんと六〇円也。百均より安い。

「やっす……てか商売になるのか……」

 思わず突っ込んでしまう安さだった。そこへ一緒に見ていたリチャードも嘆息を漏らす。

「ほう、綺麗なものですね。大切にしたくなるのも分かります」

「お前に綺麗って言われて、喜んでるよ……人魚の宝石は……」

「何を言っているのですか、あなたは。私は見せてもらえなくて落ち込んでいるというのに」

 と、唇を尖らせていたリチャードだったけれども、その目は笑っていた。見た目は堅物そうなのに、こういうウィットに富んだところが俺は好きだと思うし、こんな俺と長く付き合ってこれた理由のひとつだと思う。そしてなにより、

「どれほど心を揺り動かすか。それがもし大切さの尺度だとしたら……あなたも大したものですよ」

 と、さらりと言ってのけるから、ますます好きになる。リチャードは俺に『私に綺麗だと言いすぎる』というが、お前だって大概『俺が大切だ』って暗に言い過ぎだと思う。

 分かってないと思ってるんだろうか?

 俺だってそこまで鈍い男じゃない。その証拠に、今日の夕飯にはプリンを作って出すか、と思いながら、俺は商談の終わった客間を片付けにかかったのだった。






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