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2025年7月3日木曜日

薔薇に雨、指に時間、星に光を 第二話 リチャ正

 2 目覚まし時計のない朝




 今朝ほど正義の歌声が萎んでいた日はない。

 おかげで朝の食卓は実に奇妙な静寂さを保ったまま進行し、みのるさまはきょとんとした顔をしていた。それはそうだろう。仲が良いと思っていたふたりが微妙に牽制し合っているのだから。しかし喧嘩している様子はなく、それでいてギグシャクしたこの雰囲気ほど他者を惑わせる空気もない。

「行ってきます」

 と、みのるさまは朝食を食べ終えるとそそくさと学校に行ってしまった。彼は私が想像するよりずっと正義に似ていた。片方の親が似ているから、という意味ではない。似たような境遇であったから、同じように芽吹いた、といえばいいだろうか。正義が面倒を見るようになった流れは私も聞いている。私もまた正義やみのるさまと同じく、家族関係には難を抱えているため、彼らと似通った痛みを抱えている。

 ……もっとも、みのるさまからすれば、似通っていない、と言われるだろう。あくまで同じような心境を得るような環境であった、ということだ。この捉え方からすれば、正義やみのるさま、私と同じような思いを味わった人間は他にもたくさんいる。最近、そのようなことを考えるようになった。私の望みの環境が思いがけずも手に入り、落ち着いたことが大きいだろう。

 今日、正義は商談が午前に一件、午後に二件あるはずで、このしょぼくれた様子ではどうなることやらだった。自室で出かけの準備をしながら眉間に皺が寄りだし、人差し指で磨くようにして押し広げる。

 さすがにシャウルの元に来て数年が経てば、正義もしゃんとしてきて、プライベートの感情をビジネスの場で出すことは激減した。だからこそ安心して秘書を任せることができている。しかし今日は心配になる覇気のなさだった。昨晩のことが尾を引いているとしか思えない。が、幾度となく失言を繰り返した正義はその辺りのリカバリーも心得ていて、一晩過ぎれば立ち直り、私に新たな決意を表明する。あの様子だと、今日はどうもそのリカバリー方法が浮かんでこないらしい。

「正義、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 と、弁当を渡しながら見送られ、外に出てから鋭く息を吐いた。ここで弁当をダシに交渉にこないのがいかにも正義らしい。いや、違うか。この弁当の重さで、「俺はいつも通りだから」と暗にメッセージを発している。

 この弁当も手が込んでいる。

 毎日、正義はメニューを言ってから渡してくるが、今日はその気力は無かったらしい。毎回内容を聞くたびに拍手してしまいそうになる。だが、正義曰く、「なになに料理の素」なるものが無数にあるので、自分がやっていることは切って混ぜて炒めるとか、炊くだけ、らしい。その調理過程が既に私からすれば魔法だ。

「……指輪の似合いそうな手、ですか」

 ハンドルを握った手に目を落とし、苦笑する。手を褒められることは多かったが、大抵その後のリターンを目論まれてのことだった。

「きっと何気なく言ったのでしょう。与える影響も考えず」

 この癖は雇用したときからあって、正直なところ面食らった。私にとって他者とは何らかの意図を持って近寄ってくる存在だ。なのに正義が何を意図しているのか、私には分からなかった。いや、この表現は妥当ではない。

 私には分かっていた。

 正義が私に興味を持ち、純粋に親しくなりたがっていることを。

 そのことを、私は恐れた。どうしてかといって、味わったことがなかったからだ。

 このこと、いま振り返ってみると笑いそうになる。人間は欲しい欲しいと願っているものが、手に入らないうちは渇望するのに、いざ手に入るとなると尻込みし、怯え、さらには「これは私が求めていたものではない」と言い出すのだ。商売をしていてもよく見かける。どうしても欲しいと言うジュエリーが、いざ目の前に出てくる者と、尻込みする者。この差がどこにあるのか、未だ分かりかねるが、少なくとも自分自身については分かっている。

 私は友情を渇望していながら、その実、友情を知らない。

 だから差し伸べられた手が友情か否かも分からない。

 それが私だったのだ。

 ……正義は私を優しすぎる男だと評するが、その逆だろう。優しさの残酷さをよく知って活用しているのが私だ。優しくされると、人はそれ以上踏み込みづらくなる。そのことを私は学校生活を送るうちに知った。無論つけあがる者もいたが、その点、私は断れない気質ではなかった。断ることを知らないと今日まで無事で済まなかった、と言い換えてもいいだろう。

 つまるところ、他者を信じたくとも信じられない怯えから優しくしていたに過ぎない。しかし今の私は違う。正義には優しくしたいから優しくしているし、彼が大事にしているものは大事にしたい。

 これは、私の意思だ。

 ずっと私と共にあったのに長らく私の役に立たなかった意思。疎ましいだけだと思っていた個人的感情。誰かがいつしか私を『人形のよう』と評したように、本当に身も心も人形であればどれ程に楽だっただろう?

 しかし私は人間であることを止められない。そのことを正義は存分に教えてくれた。貴族でもなく、宝石商でもなく、一人の男として何がしたいのか? 彼自身にもそれは然りと掴めていない発想だったのだろう。が、私には伝わった。考えるより感じるという形で。

 その結果、私は彼を雇用し続けたいと願った。もちろん彼の夢を邪魔をする気はない。公務員を目指したければ目指せばいい。ただ、その夢がもし幻だと気づいたとき、受け皿になりたかった。

 この私の気持ちに正義が気づいていたとは考えにくい。しかし気づかずとも正鵠を射ることは往々にしてある。占いのお告げにはっとするように。

「また見抜かれましたか」

 自分の手に訊ねても答えは返ってこなかった。何の縛りもなく軽い左手でギアチェンジをしながら私は半ば自動的に車を走らせ続けた。



 正義のいないエトランジェは、いつも無駄に広く感じる。

 贅沢に取った空間こそがラグジュアリーを生み出すことは、古来から知られていることだ。そしてこの店のインテリアを取り仕切ったのは私だ。なのにこの店の心地よさは、私でなく、客のために生み出された心地よさだと最近思うようになった。

 簡潔に、正義にも分かりやすく説明するなら、どうも肌にこの空間が馴染まなくなってきたのだ。イギリスの屋敷は頻繁に模様替えなどしなかった。古き良きままに、と、一体いつの時代に作られたのであろうと首をかしげるような重厚で大仰な家具が広い空間でひしめき合っていた。そういう家具を愛していたから、エトランジェもその雰囲気に似せて彩ったのだが、どうも物足りない。いや、物足りなくなってきたのだ。

 正義さえいればこの違和感は容易に埋まる。しかし彼には彼の仕事があった。

 ……私はいつも不思議になるのだが、正義がくるまでどうやって私は仕事をしていたのだろう? 正義がいなくても仕事は滞りなく進む。その事実に私を慰める要素はひとつも見当たらない。ひとりで入れるロイヤルミルクティーは安寧の時間であったのに、いまは比べている。正義の入れたロイヤルミルクティーのほうが深みがあると。彼がレシピに手を加えていないことは以前確認している。

 だから単なる気の持ちようの差だ。原因など分かったところでしようもない。この新たな気づきが、更なる気づきを生む。

 この気の持ちようが大きな差を生む、ということに。

 普段は軽く扱うくせに、いざというとき重く扱う。それが気持ちという原石だ。この原石にどんな値打ちをつけるか、カッティングを施すか、はたまた手放すかは自由だが、ひとつ注意点があるとすれば、その気持ちを曇らせて輝きを失わせないことだろう。

 私はジュエリーをお客様に勧める際、そのように説明してきた。別に売りつけたいと思っているのではなく、本心から欲しいと思っていることは明白なのに、あちこちから「買わなくていい理由」を引っ張り出してくる――季節外れの洋服を慌てて引っ張り出してくるような違和感――、だからこそ、お客様に対して、そのようなことはしなくていいのだと私は教えているだけなのだ。

 今日のお客様もそうだろうか?

 お客様について、会う前からあれこれと想像しすぎないようにはしているが、私も人間だ。情報が入ってくれば想像せずにはいられない。それが人間という証のような気がする。人形にはできない。ロボットにもできない。動物だってできない。人間にしかできないことなのだ。

 そんなことを思いながら私は今日一番の客を迎えた。彼女はイエローの薔薇の花束を抱えていた。そして入ってくるなり私に向かって微笑み、

「どうぞ、リチャードさん。とても綺麗だったものですから」

 と、差し出してきた。

 基本的に差し入れの類いはお断りしている。が、全てむげに断ることも難しい。特に常連の方は。このお客様は一年に一度ぐらいのペースで、二ヶ月ほど打ち合わせをしてジュエリーを作られる。そして毎年、はじめて予約を取られる際にはこうして花束を持ってくる。「自分へのお祝いみたいなものなの」と笑って。

「大変結構なものをありがとうございます。すぐ飾らせていただきます」

 そう言って受け取ると、キッチンにある花瓶に手早く生け、お客様の席から見える位置に花瓶を設置した。ちょうどそこに花台代わりとなるキャビネットがあるのだ。

「綺麗な色でしょう? 香りも良くて」

「そうですね。初夏らしい色合いで、店が華やぎます」

「あなたほど場を華やがせる人もいませんけどね、リチャードさん」

 と、お客様は微笑んで席に着いた。それからは特に薔薇は話題に上ることなく、例年通り商談は進み、デザートを楽しまれ、お客様は帰っていった。私は食器を下げ、洗ってからキャビネットに鎮座する薔薇を見つめた。

 私は、薔薇を見ると――、無性にむしり取りたくなることがあった。

 植物園を楽しんでいても、薔薇は特別目立つところにあって、まるで花の王のごとく君臨していた。だから否が応でも目につくのだが、そのたびに胸にわき上がるどす黒い感情を感じずにはいられなかった。花を全部むしり取り、燃やしたくなるような怒り。

 この気持ちは、幼少期の頃からあったように思う。

 イギリスにある生家の手入れの行き届いた庭に咲く薔薇は、自分の母を彷彿とさせる大輪の花を気持ちよさそうに咲かせていて、美しいと感じる一方で、哀しみ、あるいは憎しみを私に抱かせていた。その思いをさらに強くしたのは、薔薇の花言葉を知ってからだったように思う。

 ――自分にも確かあるのに、自分ひとりだけでは手にできない、遙か遠いもの。

 それが薔薇の花言葉の印象だった。一度そのように捉えてしまうと、薔薇が目に入る度に胸が軽い痛みを覚えるようになった。だからとんと自分では花を飾らなくなった。旅のような暮らしを続けていたせいもある。しかしエトランジェにも飾りたいとは思わない。花には意味がある。花自身が聞いたらきっと驚くことだろう。

『私たちは咲きたいように咲いているだけなのに、勝手に意味をつけているのは人間たちではないの?』

 まったくその通りではある。しかし置かれているものに意味を見いださずにはいられない人はこの世に多い。いただいた花は飾る義理もあるが、私は私の意思で花を買おうとも思わないし、飾ろうとも思わなかった。

 その中でも、特に薔薇は。

 黄色の薔薇の花言葉は――美、友情、献身。

「……あなたにもあるのに、どうして私には」

 独りごちて花瓶の薔薇を掴む。黄色の薔薇が手のなかにやわりと収まる。このまま握りつぶそうか、と凶暴な感情が生まれ――すぐ打ち消した。

「あなたには、あなたなりの友情がある。私にもあるように」

 ただ、使いどころがこれまでなかっただけで、と私はぽつりといって薔薇から手を離す。難所を逃れた喜びに打ち震えるように薔薇がゆらゆらと揺れた。

 私はもう薔薇に八つ当たりする必要はないのだ。

 私にも、美や友情、献身を向ける相手ができたのだから。薔薇を厭う理由も消えた。

 しかし私はまだ、花を買ったことが、ない。


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