――東京タワーを見ながら、焼き芋を食う。
ぱちぱち、ぱちぱちと火がはぜる音を聞きながら、というのがまたおつだ。ほふほふとしながら味わい、甘い秋の味覚を存分に楽しむ。戦時中のイモはごちそうで、できるだけ長く味わおうと、ちびちび食ったものだが、いまでは大口で好きなだけ食べられる。平和な時代になったものだ。
「これは美味なるものじゃのう」
と縁側で食っていたゲゲ郞が言った。
「枯葉はたんまりあるし、まだまだ楽しめそうじゃ。のう、鬼太郎よ」
「うん、にわそうじ、がんばりました。おとうさん、またいっしょにやりましょう」と焼き芋を両手に持って食べていた鬼太郎が言い、ゲゲ郞は目を細める。
「そうかそうか。親孝行じゃのう。どうじゃ、うまいか?」
鬼太郎はこくんと大きく頷く。そして口の中の焼き芋を飲み込むと、切なる顔で口を開いた。
「とうさん、あのう……」
「どうした、言いにくいことか? 水木がいないほうかいいか?」
ぷるぷると鬼太郎は首を左右に振った。そして蚊の鳴くような声で訊ねてきた。
「ぼくも、4月になったらがっこうにいけますか?」
「ん、学校か……」
ゲゲ郞は苦虫を噛みつぶしたような表情となった。この話題になるとゲゲ郞は歯切れが悪い。確かに、鬼太郎の見た目は人間で言うところの五歳前後で、生まれて一年と四ヶ月とは思えない。口も達者で、運動神経も父親譲りで抜群によい。この前など長屋の子たちと木登りをして、一番早く登り切っていた。本もひらがなであれば大半読めるし、簡単な漢字であれば前後から推測して読めているようだった。
この急成長ぶりを、長屋の者たちは怪しまなかった。さてまあ、何かしら幻術でもかけているのだろう。妖怪の処世術といったところか。
「別にのう……、おぬしは賢いし、とうさんとかあさんが教えるから、大丈夫じゃよ」
「おとうさん、ちょっと待ってくださいな」
岩子の呼びかけにゲゲ郞は返事をしない。が気にせず岩子は続けた。
「いまって、とても社会の仕組みがややこしいでしょう。わたしも驚いたわ。ねえ水木さん?」
「そうですね」
復員した水木ですら、社会の変容に戸惑い、まごついたものだ。貨幣制度の発端時から存在していたゲゲ郞たちからすれば、いまの社会制度など複雑怪奇極まりないだろう。
「おれも日本に戻ったときは面食らいましたから。最初の数ヶ月は何が何だかでしたよ」
「水木さんですらそうでしょう? だから、鬼太郎も人間社会のことを、お勉強したほうがいいと思ってるの。でも鬼太郎は……ほら、その……」
歯切れの悪い岩子に、水木が首をかしげれば、岩子は声を小さくしていった。
「おとうさんとわたし、妖怪だから、戸籍がないでしょう。だから入学通知が届かないのよ」
「あぁ……そういうことですか」
新聞でたまに話題にのぼる『無戸籍問題』だ。戦時中に戸籍が焼けた関係で、戸籍を失った子どもたちが学校に通えなくなっているという。親がいれば、親からの申し出と役所に残る資料で照合し、戸籍を再編できるらしいが、親を失い、親族もいない子どもの場合、本人の記憶に頼るより他ないが、年端もいかない子ともなると、なかなかスムーズにはいかないようだ。
「ふぅん、おれの子どもになるか、鬼太郎?」
冗談で訊ねれば、ゲゲ郞がいきり立った。
「それはならん、ならんぞ水木! それは絶対に許さぬぞ!」
「本気にするなよ。冗談だ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがある!」まだご立腹らしい。鼻白んだ水木は小鼻をかいて、現実的な案を出す。
「でも、戦時中にかなりの数の戸籍が焼けたからな。ずいぶん経ったいまでも役所も再編に手をこまねいてるぜ。どうしてもっていうなら、こちらから申し出れば作れなくもないだろう」
「そうねえ……」
と岩子が頬に手を当てる。ゲゲ郞は鬼太郎に目線を合わせると、優しい声音でこう告げた。
「我が息子や、しばし答えを待ってくれるか? 知り合いにも訊いてみるから」
「はい!」
鬼太郎は顔を明るくして、岩子と一緒に買い物に出かけてしまった。水木はふたりの足音が完全に聞こえなくなってから、小声で言った。
「そうは言っても、妖怪に学校はないんだろ。この前、風呂で大声で歌ってたな」
そう揶揄するとゲゲ郞は苦り切った顔をしていた。くくく、と水木は笑う。たまにはやりかえすのも悪くはない。
「しかし岩子さんの心配ももっともだぜ。おれだって戦前とはまったく道理が違っていて戸惑ったからな。これからは嫌でも人間と共生していくんだ。相手のことを知るのは、決して悪くない」
そのときだった。
何か大きな塊が焚き火に落ちてきて――……
「うわっちゃっちゃっちゃ!」
と、暴れ回る。水木が近くに置いてあったバケツの水をかければ、年の頃十二、十三歳の少年が地面に転がっているのが見えた。ただし、背中に翼がある。しかも山伏装束を身にまとっているときたものだ。
「烏天狗の子どもじゃの。おぬし、何者か?」
ゲゲ郞の問いかけに、その烏天狗は跳ね起きると、片膝をついて深々と頭を下げた。そして面を上げると、朗々とした声で告げる。
「ミヤの使いの者ですっ。イタドリと申します。狼煙が上がっていて助かりました」
「狼煙じゃないんだが。しかしミヤさんとは、また尋常じゃないな」
「こちらを届けに参上しました」
と、イタドリは懐から手紙を出して、うやうやしくゲゲ郞に差し出してくる。妖怪ポストを使わなかったのは、機密性を保つためです、と訊いてもいないのにイタドリは言った。
「読ませてもらおう」
そう言ってゲゲ郞は手紙を読み出した。その間、イタドリは水木の隣に座って物珍しげに辺りを見渡していたが、やがて、
「ゲゲ郞様は新聞など読まれますか?」
と水木に耳打ちしてきた。すると耳ざとくゲゲ郞が言った。
「水木に訊かずとも、わしに訊け」
「ではゲゲ郞様、新聞は読まれますか?」
「わしは読まんが、水木は読む」
「なるほど……やはり由々しき問題です。ミヤ兄様が決意を固めるわけです」
「決意?」
聞き捨てならない科白に水木が問えば、イタドリはあっけらかんとこう言った。
「いえですね、この度おうかがいしたのは、妖怪学校を建立しますから、講師としてゲゲ郞様をお招きするためです」
「ゲゲ郞が、講師? いやいや、無理だろう。あいつには仕事がある」
突然のことに面食らえば、イタドリはあっけらかんといった。
「探偵でしょう? ゲゲ郞様の御高名はかねがね承っております。その間はお休みしていただくことになりますね」
「そちらで決められてもな。突然の話だし。おい、ゲゲ郞。引き受けるなんて言うなよ」
「……もう少し詳しい話を訊いて決めるとしよう。ミヤに取り次いでくれ。水木、おぬしも来い」
一瞬、自分は関係ないと思ったが、このまま烏天狗一味にゲゲ郞を引っ張って行かれても困る。いますぐ困窮するわけではないが、いま引き受けて進めている仕事もあるのだ。
それに――
(ミヤさんが一体何を考えているのかも気になる。学校だって?)
宮仕えで思うところがあったのかもしれないが――、それでも思い切った決断だ。もしかしたらちょっとした問題を抱えていて、その相談をするために、こうして講師依頼というまどろっこしい形を取ったのかもしれない。
「承知しました。我が村までお越しいただくも大変でしょうから、ミヤが参ります。明日の午後でしたら時間の都合がつくと聞いておりますが、いかが致しましょうか」
幼い見た目にかかわらず、しっかりとした口をきく。水木はゲゲ郞と目配せあってから、こう言った。
「分かりました。明日は一日空けておきますので、お気をつけてお越し下さい」