ラベル

2024年12月21日土曜日

水木探偵事務所・続

 

――東京タワーを見ながら、焼き芋を食う。

ぱちぱち、ぱちぱちと火がはぜる音を聞きながら、というのがまたおつだ。ほふほふとしながら味わい、甘い秋の味覚を存分に楽しむ。戦時中のイモはごちそうで、できるだけ長く味わおうと、ちびちび食ったものだが、いまでは大口で好きなだけ食べられる。平和な時代になったものだ。

「これは美味なるものじゃのう」

 と縁側で食っていたゲゲ郞が言った。

「枯葉はたんまりあるし、まだまだ楽しめそうじゃ。のう、鬼太郎よ」

「うん、にわそうじ、がんばりました。おとうさん、またいっしょにやりましょう」と焼き芋を両手に持って食べていた鬼太郎が言い、ゲゲ郞は目を細める。

「そうかそうか。親孝行じゃのう。どうじゃ、うまいか?」

 鬼太郎はこくんと大きく頷く。そして口の中の焼き芋を飲み込むと、切なる顔で口を開いた。

「とうさん、あのう……」

「どうした、言いにくいことか? 水木がいないほうかいいか?」

 ぷるぷると鬼太郎は首を左右に振った。そして蚊の鳴くような声で訊ねてきた。

「ぼくも、4月になったらがっこうにいけますか?」

「ん、学校か……」

 ゲゲ郞は苦虫を噛みつぶしたような表情となった。この話題になるとゲゲ郞は歯切れが悪い。確かに、鬼太郎の見た目は人間で言うところの五歳前後で、生まれて一年と四ヶ月とは思えない。口も達者で、運動神経も父親譲りで抜群によい。この前など長屋の子たちと木登りをして、一番早く登り切っていた。本もひらがなであれば大半読めるし、簡単な漢字であれば前後から推測して読めているようだった。

 この急成長ぶりを、長屋の者たちは怪しまなかった。さてまあ、何かしら幻術でもかけているのだろう。妖怪の処世術といったところか。

「別にのう……、おぬしは賢いし、とうさんとかあさんが教えるから、大丈夫じゃよ」

「おとうさん、ちょっと待ってくださいな」

 岩子の呼びかけにゲゲ郞は返事をしない。が気にせず岩子は続けた。

「いまって、とても社会の仕組みがややこしいでしょう。わたしも驚いたわ。ねえ水木さん?」

「そうですね」

 復員した水木ですら、社会の変容に戸惑い、まごついたものだ。貨幣制度の発端時から存在していたゲゲ郞たちからすれば、いまの社会制度など複雑怪奇極まりないだろう。

「おれも日本に戻ったときは面食らいましたから。最初の数ヶ月は何が何だかでしたよ」

「水木さんですらそうでしょう? だから、鬼太郎も人間社会のことを、お勉強したほうがいいと思ってるの。でも鬼太郎は……ほら、その……」

 歯切れの悪い岩子に、水木が首をかしげれば、岩子は声を小さくしていった。

「おとうさんとわたし、妖怪だから、戸籍がないでしょう。だから入学通知が届かないのよ」

「あぁ……そういうことですか」

 新聞でたまに話題にのぼる『無戸籍問題』だ。戦時中に戸籍が焼けた関係で、戸籍を失った子どもたちが学校に通えなくなっているという。親がいれば、親からの申し出と役所に残る資料で照合し、戸籍を再編できるらしいが、親を失い、親族もいない子どもの場合、本人の記憶に頼るより他ないが、年端もいかない子ともなると、なかなかスムーズにはいかないようだ。

「ふぅん、おれの子どもになるか、鬼太郎?」

 冗談で訊ねれば、ゲゲ郞がいきり立った。

「それはならん、ならんぞ水木! それは絶対に許さぬぞ!」

「本気にするなよ。冗談だ」

「冗談でも言っていいことと悪いことがある!」まだご立腹らしい。鼻白んだ水木は小鼻をかいて、現実的な案を出す。

「でも、戦時中にかなりの数の戸籍が焼けたからな。ずいぶん経ったいまでも役所も再編に手をこまねいてるぜ。どうしてもっていうなら、こちらから申し出れば作れなくもないだろう」

「そうねえ……」

 と岩子が頬に手を当てる。ゲゲ郞は鬼太郎に目線を合わせると、優しい声音でこう告げた。

「我が息子や、しばし答えを待ってくれるか? 知り合いにも訊いてみるから」

「はい!」

 鬼太郎は顔を明るくして、岩子と一緒に買い物に出かけてしまった。水木はふたりの足音が完全に聞こえなくなってから、小声で言った。

「そうは言っても、妖怪に学校はないんだろ。この前、風呂で大声で歌ってたな」

 そう揶揄するとゲゲ郞は苦り切った顔をしていた。くくく、と水木は笑う。たまにはやりかえすのも悪くはない。

「しかし岩子さんの心配ももっともだぜ。おれだって戦前とはまったく道理が違っていて戸惑ったからな。これからは嫌でも人間と共生していくんだ。相手のことを知るのは、決して悪くない」

 そのときだった。

 何か大きな塊が焚き火に落ちてきて――……

「うわっちゃっちゃっちゃ!」

 と、暴れ回る。水木が近くに置いてあったバケツの水をかければ、年の頃十二、十三歳の少年が地面に転がっているのが見えた。ただし、背中に翼がある。しかも山伏装束を身にまとっているときたものだ。

「烏天狗の子どもじゃの。おぬし、何者か?」

 ゲゲ郞の問いかけに、その烏天狗は跳ね起きると、片膝をついて深々と頭を下げた。そして面を上げると、朗々とした声で告げる。

「ミヤの使いの者ですっ。イタドリと申します。狼煙が上がっていて助かりました」

「狼煙じゃないんだが。しかしミヤさんとは、また尋常じゃないな」

「こちらを届けに参上しました」

 と、イタドリは懐から手紙を出して、うやうやしくゲゲ郞に差し出してくる。妖怪ポストを使わなかったのは、機密性を保つためです、と訊いてもいないのにイタドリは言った。

「読ませてもらおう」

 そう言ってゲゲ郞は手紙を読み出した。その間、イタドリは水木の隣に座って物珍しげに辺りを見渡していたが、やがて、

「ゲゲ郞様は新聞など読まれますか?」

 と水木に耳打ちしてきた。すると耳ざとくゲゲ郞が言った。

「水木に訊かずとも、わしに訊け」

「ではゲゲ郞様、新聞は読まれますか?」

「わしは読まんが、水木は読む」

「なるほど……やはり由々しき問題です。ミヤ兄様が決意を固めるわけです」

「決意?」

 聞き捨てならない科白に水木が問えば、イタドリはあっけらかんとこう言った。

「いえですね、この度おうかがいしたのは、妖怪学校を建立しますから、講師としてゲゲ郞様をお招きするためです」

「ゲゲ郞が、講師? いやいや、無理だろう。あいつには仕事がある」

 突然のことに面食らえば、イタドリはあっけらかんといった。

「探偵でしょう? ゲゲ郞様の御高名はかねがね承っております。その間はお休みしていただくことになりますね」

「そちらで決められてもな。突然の話だし。おい、ゲゲ郞。引き受けるなんて言うなよ」

「……もう少し詳しい話を訊いて決めるとしよう。ミヤに取り次いでくれ。水木、おぬしも来い」

 一瞬、自分は関係ないと思ったが、このまま烏天狗一味にゲゲ郞を引っ張って行かれても困る。いますぐ困窮するわけではないが、いま引き受けて進めている仕事もあるのだ。

 それに――

(ミヤさんが一体何を考えているのかも気になる。学校だって?)

 宮仕えで思うところがあったのかもしれないが――、それでも思い切った決断だ。もしかしたらちょっとした問題を抱えていて、その相談をするために、こうして講師依頼というまどろっこしい形を取ったのかもしれない。

「承知しました。我が村までお越しいただくも大変でしょうから、ミヤが参ります。明日の午後でしたら時間の都合がつくと聞いておりますが、いかが致しましょうか」

 幼い見た目にかかわらず、しっかりとした口をきく。水木はゲゲ郞と目配せあってから、こう言った。

「分かりました。明日は一日空けておきますので、お気をつけてお越し下さい」






2024年12月16日月曜日

Melee lettre



 (あ、まただ)
  丁寧な字で、〜号室 中田正義様宛で手紙が届いている。
 送り主はイニシャルのみ。 
 必ず、本人に手渡してくれと一言添えてある。
(いいなー、三日に一度は届くよね。どれだけ愛されてるんだか)
 まったく女心の分かっていない彼氏に煎じて飲ませてやりたい。まじまじと見るのは御法度とレタートレーに入れる。まだまだ手紙はたくさん届いていたし、仕事の時間に限りはある。宿泊客宛の手紙を仕分け終えると、指示通りに配達していく。
 ~号室。
 軽く息を吸ってノックすれば、間を置かずにドアが開く。用件を告げれば、
「いつもありがとうございます」 
 と、「中田正義」は手紙を受け取った。


ーー前略
格式張った出だしに正義は毎回笑いそうになってしまう。付き合いは足掛け二年にもなろうか。
生物学上の父親とのトラブルで、自宅を出、いまはリチャードの手配でホテル住まいだ。良い身分ではある。

が、何せ刺激がない。豪華な病室と言ってもいいだろう。今の自分には丁度いいのだろうが、物足りなさもある。まあ、上質なモノばかりだと飽きる、と言うことだろう。

手紙の内容は至って、メールの内容と変わりない。違いがあるとすれば、リチャード自らしたためた文章からにじみ出てくる温度、気配であろうか。メール文章でもそれと頭に響く感覚が、手紙だと匂い立つ。リチャードがラブレターでもかけば、一発で相手を落とせるだろう。

·
美の神に魅入られた男は、何をしても美しい、ということを改めて思い知る。そんなことを考えていたからか、手紙の末尾に来て、
「……ん、なんだったっけ」
と読み直す始末である。

正義は頭を振って、気合いを入れ直す。
「ああ、またこられたんだ。気に入ってくれたんだなあ……うん、あの茶菓子は美味しいよな」
つらつらと描かれるエトランジェについて味わう。もう血肉になっているような気がする。血が入れ替わる。そんなことは有り得ないが、いま、そう感じた。

「雲まで見える明るい夜にこの手紙を書いています」
  突如雰囲気が切り替わる。ここからは仕事のことではなく、リチャードの個人的な感性が流れだしている。誰かに読ませるというよりは独白のような…のぞいてよいものかとも思うが、リチャードが書き付けている。自分にできることは読むことだけだ。


「これは目的のない手紙です。」と端正な字で書かれている。目的のない手紙、と口の中で転がす。ハッカのような味わいがあった。「あなたにはそういう時間が必要かと思います。あなたはいつも誰かの演者でしたから」演者。言わんとする意味は分かるが。


(望んでやっているのなら、問題ないだろ?)リチャードには、誰かの期待に応えることが喜びになり、それが人生の軸になっていて、さらに、
(それが報酬であり目的で、下心なんてないんだ)
 そんなものがあれば、自分はもっと上手に立ち回れただろう。


生物学上の父親を前にして、もっと冷静な……現実的に取るべき事を取れたように思う。具体的にどうしたら、とは浮かばないが、自分が取ったやり方は、美味いやり方とは言えない。昔からそうだ。誰かに頼るのが、致命的に上手くない。


かといってすべてがすべて自分で完結できるはずもなく……
「また読み飛ばした」
 はぁ、と溜息をもらす。このホテルに住みだしてからも、以前のような集中力は取り戻せていない。たまにあの古びたアパートが懐かしくなる。
(無理してひとり暮らししたからかな……)


自宅から大学までは、通おうと思えば通える距離だった。大学には自分の実家よりも遠くから通ってくる生徒もいた(とある生徒など、新幹線とタクシーで毎日通っているそうな。名家の子女らしい)。ひろみだってあまりいい顔はしなかった。それは費用だと思い、


バイトで賄うといったのだが、そうではなかった。ひろみはきっと、こういう事件が起きることを恐れていたのだ。
まぁしかし、起きてしまった以上は仕方ない。頭を切り替えて手紙の続きを読む。

「この文章を読んでいるあなたが、どのような気持ちかは分かりません。突き放されたように感じるでしょうか。ですが、私はあなたに、あなたの人生を見せてほしいと願っています。『誰かのために』でなく『あなたのために』願いの欠片を見つけてください。


それは宝石を研磨するときに出てくるような、欠片のような……小さな願いのさざめきでしょう。大海で貝があぶくを吐いたような揺らめきでしょう。その揺らめきこそが、あなたの本心でしょう。私はこの年まできて、ようやっとそうだと知れたのです。


あなたは私を世界一のセールスマンだと思っているでしょう。私がそうなれたのは、その揺らめきを感じ取れるからです。これは私だけが持つ特殊な力ではありません。誰しもが持っています。ただ、それを信じていないだけです。
あなたは揺らめきを探しに出てください」

ここで文章は終わっている。正義は天井を見上げ、長く息を吐いた。肩から力を抜くように。そして手紙を丁寧に畳んで封筒にいれ、窓から街並みをぼんやりと眺める。
 ここにリチャードがいる。
 だが、この手紙を残して去って行ったような気がした。以前あった相続問題の一件から、

そういう不義理はしなくなったし、いまの状況を踏まえると有り得ない。そう自分に言い聞かせてみるも無駄だった。気がつけばリチャードに電話を架けていた。しかし出ない。ならば――、
「……正義、どうしましたか。また急に」
 ――エトランジェに顔を出していた。

「寒かったでしょう。お茶を入れましょう」と言うリチャードの前に正義は立ちはだかる。そしてふるえる声で言った。
「俺の中に、揺らめきはない、気がする」
「他の誰かに転生したいですか?」
「それは……」
「たとえば、あなたの大学に通う、ごく一般的な家庭で育った男子学生です」
 胸が痛む。
 それは――……。
「そうだとしたら、起きる出来事を想像してみてください。そして、こちらのノートに書いてください。私に見せる必要はありません」
 そう言って渡されたのは、重厚な装丁が成された革張りのノートだった。小口は青塗りされ、分厚さの割には軽い。
「差し上げます。あなたの相棒にしてください」
 あなたには自分を知る時間が必要です、とリチャードはベルベットのような声音で告げる。
「私のように長い長い遠回りをしないように」



甘い煉瓦の家・リチャ正

    甘い煉瓦の家  ――横浜。  これまでホームグラウンドだった東京銀座を離れれば、リチャードが満足するようなデザートにはなかなか巡り会えないのでは……。  と雇われ秘書の俺は危惧していた。あの東京銀座から新宿のデパ地下を制覇し、商談でなくデザート談義をしに来るおばさま方にも...