「静かだなあ……」
みのるくんは友達と朝一で出かけ(夏休みっていいよな)、俺は俺で、ジローとサブローの散歩からこまこました家事もすべて済ませた。あとはリチャードが起きてきて、朝食を食ってくれたらいいのだが……。
ちらり、とリチャードの部屋がある方向を見、俺は頭をかいた。
なんというか、こう、起きてくる気配がない。それなりに長い年月一緒に過ごしていると分かってくるもんだ。
(朝、弱いもんなぁ)
重度の低血圧、そのせいで寝起きはすこぶる悪く、幽鬼のような顔をしていることもある。だからか知らないが、夜には滅法強い。というか、本調子が出てくるのが昼過ぎで、一般的な人よりピークポイントが違うだけかもしれない。
しかしそろそろ十時だ。
今日は休みで、寝過ごしてもらってもちろんいいのだが、あまり寝過ぎると明日に響く。そろそろ起こすか、と手持ち無沙汰から手にした新聞をテーブルに置き、リチャードの部屋に向かう。ほんの十数歩でつく距離だが、いやに心臓が高鳴った。
深呼吸、そしてまずはノック。
コンコン、という音がよく響く。まるで空の樽でも叩いているかのようだ。そしてこんな音で起きるほどリチャードの眠りは浅くない。
「入るぞ……」
小さな声でいいつつ、ドアを押し開く。薄暗い。完全遮光カーテンのはずだが、それでも隙間から夏特有のギラついた光が入りこんでいる。そしてこんな薄闇で見るリチャードは、まるで物語の世界から抜け出てきた王子のように美しかった。思わず見とれそうになって、ふるふると頭を振る。
「リチャード、起きろ。さすがにもういい時間だ」
と、肩を軽く揺さぶれば、くぐもった声が上がる。おい、とさらに強く揺さぶると、手首をいきなり掴まれた。そしてぐいと引っ張られた。
「……リトルパピー」
「ちょ、おい! 寝ぼけているのか?」
「……パピー」
駄目だ。子犬にたくさん囲まれている夢でも見ているに違いない。そんなときに起こしたら事だ。数日は恨み言を言われる。今日は好きなだけ寝かせよう、と俺がリチャードの手を剥がそうとしたときだった。
「来て下さい」
と、リチャードにベッドに引っ張り込まれた。そしてそのままキスの嵐だ。ガトリングガンだ。あまりの強烈さに頭がクラクラする。その隙を逃さないと、リチャードにのし掛かられてまた肌という肌に唇で触れられる。
「ま、まて! 嬉しいけど、おまえ、夢の中で子犬が百匹ぐらい出てきているのか!?」
「はい? 違いますよ。あなたにしたいだけです」と今度はとびきり濃厚なのをぶちかまされる。これまでリチャードとキスを幾度となくしてきたけれど、今日のはなんだか、とびきりドカンときた。最後にリチャードは首元に顔をうずめてふんふんと匂いを嗅いでくる。
「ふう、あなたの匂いを嗅ぐとほっとしますよ」
と、耳元で囁かれる。どくん、どくんとリチャードの心臓の音が伝わってきて、そこに俺の鼓動も重なる。肌がしめっていくのが自分でも分かった。
「……俺も。お前はいい匂いがするよな。誰とも違う。香水のおかげかな」
そう言ってリチャードの背中に手を回せば、
「あなたもですよ」
と、甘ったるい声と共に囁かれて身体の芯が熱くなる。これはマズい。俺は努めて声をからりとさせて言った。
「ところで、そろそろ起きないか? もう十時過ぎだぞ。これで目が覚めただろ?」
「起きません」
と、俺の首筋にも唇を押し当ててくる。
「おい、やめろって……!」
「止めません」
するりとシャツの下にリチャードの手が入りこんでくる。息が詰まる。このままリチャードに身を任せるか……。
――ピンポーン。
このマンションに似つかわしい高級な音色と共に、俺は一気に現実に引き戻される。リチャードの下から抜け出して、襟元を整えてインターフォンに出た。
『お届け物ですー』
「はーい」
そう明るい声で返事をしながら、背中にのし掛かってくるリチャードの背中をぽんぽんと撫で、ごく小さな声で言った。
「また、夜に。今日はみのるくん泊まりだから」
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